ご由緒
石上神宮年表
さらに詳細な年表
天 皇 年 号 西 暦 事 項
(神 代)   武甕雷神、 経津主神に副って出雲国稲佐浜に天降り、 大国主命に国譲りを命ぜらる。 この時神剣韴霊を携行せらる。
神武即位前1年 天皇熊野にて御遭難。 高倉下命より神剣韴霊を献られて難を避けらる。
 元年 宇摩志麻治命、 十種神宝を以て天皇・皇后の無窮を祈らる (鎮魂祭の始まり)。 天皇、韴霊と十種神宝とを宮中に祀らしめらる。
崇神7年 物部氏の祖伊香色雄命、 勅により韴霊・十種神宝を大和国山辺郡石上邑に遷し、 石上神宮を創祀す。
神功皇后摂政52年 百済国の使者久氐らが七枝刀・七子鏡等の重宝を献ずる。
仁徳 (御 代)  市川臣命、 布都努斯神社を石上郷の布瑠村の高庭の地に祀り、 神主となる。
履中即 位 前 年 天皇、 皇太子の時、 乱により石上振神宮に避難せらる。
雄略3年 阿閇臣国見、 石上神宮に逃げ隠る。
天武3年674忍壁皇子、 膏油にて神宝を瑩かる。 その折勅により諸氏族献納の宝物をその子孫に返還せらる。
  (御 代)  布留川上の日谷に草薙剣の御霊天降らる。 出雲建雄神と称えて石上神宮の前の岡の上に祀る (出雲建雄神社の創祀)。
桓武延暦23年804造石上神宮使正五位下石川朝臣吉備人ら石上神宮の器仗を山城国葛野郡に搬出す。 計画では延157,000人を計上す。
 延暦24年805天皇、 石上大神に神宝搬出を謝し病気平癒を祈る宣命を発せらる。 その後葛野郡に搬出せし器仗を石上神宮に返納せらる。
清和貞観9年867石上神正一位に進めらる。
白河永保元年1081天皇、 宮中の神嘉殿を拝殿として寄進移築し、 神門を改め殿舎を造営せしめらる。
   参議源俊明を勅使として遣し奉幣の上走馬10列を奉らる (例祭の始まり)。
堀河寛治6年1092白河上皇御幸せらる (例祭渡御これを模して始めらる)。
後醍醐文保2年1318楼門建造さる。
後光厳貞治5年1366春日強訴に布留大明神の神宝同行す。
後土御門文明12年1480雨乞成就の報賽に相撲を奉納す。 以後、 徳川幕末まで祈雨ならびに報賽のこと史料に多く見ゆ。
正親町永禄11年1568尾張勢社頭に乱入し拝殿・宝蔵等を打破す。 宝物盗難にかかる。
 元亀元年1570拝殿・宝蔵・廻廊・庵室等修覆す。 「布留社式目」 を後代の為に作成す。
明正寛永20年1643禁足地端垣を木材にて建立す。
東山元禄7年1694彰考館史臣大串元善、 水戸光圀の命により神庫の神宝を調査す。
   地震のため西廻廊倒壊す。
中御門享保6年1721西廻廊再建す。
孝明嘉永3年1850神庫に盗賊侵入す。
明治明治4年1871官幣大社に列せらる。
 明治6年1873菅政友大宮司に任ぜられる。
 明治7年1874禁足地発掘、 神剣韴霊顕現せらる。
 明治11年1878拝殿背後に仮本殿を建てる。
 明治43年1910本殿建立工事を始む。
大正大正2年1913本殿竣功し正遷座祭を斎行す。
 大正3年1914旧内山永久寺鎮守社拝殿を摂社出雲建雄神社拝殿として移築す。 この時内山永久寺跡の本堂池より鏡池へワタカを移す。
境内MAP 石上神宮の歩き方 石上神宮フォトログ「山の辺の杜から」 山の辺の道 周辺ガイド&花ごよみ
神話にみる石上神宮
神話にみる石上神宮