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石上神宮[いそのかみじんぐう]公式サイト

2016.06.24

苔のむすまで.jpg

この梅雨の頃は、参道周辺至る所で苔が目につきます。苔は主として木に生えるものとして、木毛(こけ)の意味らしいです。

眺めていると静寂そのもの、ゆったりとした気になってくるもので、茶室の庭などには必ずあり、静寂の気を誘い出す恰好の

装置なのかもしれません。

古く『万葉集』にも数多く詠まれ、「苔生す(こけむ)すまでに」が5首、「苔生す」が9首あり、いろいろの表現に用いられ、苔そ

のものの美しさを詠んだものもあり、苔の美しさを感じ取ったのは日本人が最初とのこと。

苔はそれ自身に葉緑素があり、自分で栄養分を作り、環境さえ良ければ、いつまでも緑の美しい絨毯を敷いています。

この時期は、苔がしっとりと濡れて鮮やかな緑を放ち、雨の後は少し霞んで幻想的で、木洩れ日あれば、いよいよ清々しい

気が立ってきます。

参道を歩いて苔生す侘びを感じてみては、いかがですか。

2016.06.22

これは何でしょうか.jpg

今日境内巡視に歩いていたら、森の下からいつにない姿のものがニョキニョキと生えているではありませんか、高さは約15

センチ。早速に調べてみると正体は腐生植物の一年草、「タシロラン」と判明。

腐生植物とは、生物の腐りかけたものを栄養源とする植物でたぶんこれの地下に埋まっている腐りかけのドングリかギンナン

から発生していると推察しました。

タシロランの解説には、植物学者の田代善太郎氏によって長崎で発見されたことから命名、暖地の照葉樹林に生え、葉緑素

がなく白色をしている。花は白色で花弁に赤紫の斑紋があり、開花後はすぐに淡褐色になり、2・3週間で枯れてなくなるとの

こと。

まあ普通にはほとんど見ることができない植物らしく、来年も生えてくる保障はなく、もう二度と見られないかもしれません。

案内はできませんので、この写真で勘弁して下さい。


2016.06.19

御田植の主役.jpg

大和地方はやっとすべての田の田植えが終了しました。(たぶん)

当地は日本中で一番遅い所ではないでしょうか。早い地方はもう水面も見えない程大きく成長しています。

月末の30日に行なわれる神剣渡御祭に続いて、秋の五穀豊穣を祈って神田神社(こうだじんじゃ)では、四方に斎竹を立て

注連縄を張り、砂を敷いた神饌田で、御田植神事が行なわれます。

この時登場するのが一昔前の田植えの主役たちです。

出演順に鍬(くわ)・牛・鋤(すき)・箕(み)・馬鍬(まんが)・苗籠・早乙女と字も少々難解、その姿形も忘れてしまうほど。

一年ぶりの出番となり、暗い部屋から移動して、只今道具の各所点検中です。

2016.06.16

末社への緑の道.jpg

石上神宮には本社のほかに摂社(せっしゃ・本社のご祭神に縁故深い神社)と末社(まっしゃ・摂社に次ぐ格式を持つ神社)が

あり、全部で7社が鎮座しています。

それぞれご祭神の由緒により、一年に一度の例祭日が決まっており、丁重に執り行なわれています。

今月23日午前10時からは末社の祓戸神社(はらえどじんじゃ)、30日は午後1時からの神剣渡御祭に続いて、境外末社の

神田神社(こうだじんじゃ)で、それぞれ多数参列のもとに斎行されます。

特に祓えを主宰する祓戸神(はらえどのかみ)、四神をまつる祓戸神社は禊場(みそぎじょう)内の神域にあり、普段は結界が

なされ、間近まで進んで参拝することはできません。

細い爪先上がりの道を進んで行くと、やがて深い緑の懐に包まれた中に鎮まり、きわめて厳粛な雰囲気が漂い、神宿る森

を実感できます。

(特に参列希望の方は事前に電話にてお知らせ下さい。)

2016.06.13

橘の実さえ花さえその葉さえ.jpg

橘の白い花が気になっています。

花も実もその新葉さえもが、とても良い香りがあります。

『万葉集』に68首あり、伝説の橘としてそのほとんどが花橘を詠んでおり、当時から珍重されていました。

これは『古事記』『日本書紀』の両書に、垂仁天皇の命を受け、田道間守(たじまもり)が永久不変不老不死の常世国(とこよの

くに)にあるという「非時香果(ときじくのかくのこのみ・橘のこと)」を求めて渡り、十年の歳月を経てやっとのことで持ち帰り、

誇らしげに天皇に奉献すると、すでに天皇はこの世にあらず、嘆き悲しんだ田道間守は皇后に半分を献上し、残る分を天皇

の御陵に供えて、終に息途絶えてしまいました。

古来より橘は永遠の繁栄をこの世にもたらすもの、長寿・招魂の象徴として珍重され、神事にも重用、旧暦5月は橘月とも

呼ばれ、この花の開花をまって、農事始めとされていました。

因みに垂仁天皇陵の周濠に浮かぶ小島は田道間守のお墓とも。

今頃の葉に鼻を近づけると柑橘系の心地よい香りがして、何だか元気がいただけそうな気がしますよ。

でも欲を出してあまり近づくと、その欲の皮に結構鋭いトゲが・・・。

お気をつけ遊ばせ。

2016.06.11

甍を映す植田2.jpg

田と言う田には満々と水が引き入れられ、トラクターで田掻きを終えた植田に甍が映る。

掻かれた泥水は数日を経て沈殿し、代田となって田植えを待っています。

この一週間で当地大和地方は一斉に田植えが行なわれることになります。

今高台から眺めると真昼の太陽をうけた水面が、全面鏡のごとく目映いばかりに輝き、田の横の道を走るとまるで水上を通り

抜けるかのような錯覚に陥ります。

ところが所々には水が引かれなく、草がボウボウと生い茂っているのを見るにつけ、この田の主(あるじ)の境涯に思いが至り

ます。

山からの水は上田(あげた)から窪田へと順々に満たして下り行き、主のない所は素通りして、更に下田に進んでくまなく注水

を終えます。

二千年にわたる水の流通のシステムは無農者には計り及ばぬ奥深いものがあるみたいです。

2016.06.07

緑のハートマーク.jpg

境内一円も遅延なく若葉千色に染まる中、例のようにボッーと眺めていると、緑のハートマークが見えてきました。

もうほとんどハートとは無縁の年令となってしまい、それよりむしろ動いている心臓の疾患が気になる昨今、銀杏の葉が作り

出すボンヤリとしたハートがこの年令にはお似合いのようです。

世間ではアモーレが流行っているみたいで、世代の隔絶を覚えます。とても優しい気遣いの銀杏さんに感謝します。

樹齢300年の銀杏が作るハートマーク、ハートのある人でないとこの緑のハートは見つけられません。

一度試してみて下さい。

2016.06.04

さかきさく

テーマ:境内

さかきさく.jpg

榊と書いて「さかき」と読み、いかにも有難い字の構成となっていて、漢字ではなくて、この国で作られた国字です。

「万葉集」には賢木と記され、すでに「古事記」「日本書紀」の天石窟(あめのいわや)の条に真賢木(まさかき)また真坂樹と

あるのを初見とします。

常緑の木のことを指し、清浄を区画する境木のこととも、近畿以北にはこれがないので柃(ひさかき)が神前に用いられてい

ます。

神社ではあらゆる所に用いられ、国産ばかりでなく、スーパーには東アジア産が並んでいます。

今頃ちいさな白い花を下向きにつけ、ほのかに芳しい香りが漂ってきます。

虫たちもお好みらしく、羽音をたてて花に群がっています。

生活する臭覚に脱帽。

2016.06.01

6月の夜明けとともに.jpg

鶏鳴が暁を催すと、境内がだんだんとうす明るくなって、3羽4羽と鶏たちがあちらこちらへと動き出します。

静寂に包まれた神域も夜明けとともに神の世界から人間の世界へと大きく変転、見る見るうちに人を迎え入れる境内へと、

その様子を変えていくのがわかります。

日の出の時刻は随分早くなり今日は午前4時45分、1日に1分前後早くなって夏至に向っていきます。

夜はどんどん短かくなって行きますが、梅雨の晴れ間に夜空を見ると驚くほど澄んだ星空に出会えることがあります。

たまには今話題の火星や見ごろを迎える土星を探すのも楽しいものですよ。

2016.05.31

異彩を放つ風.jpg

ここ2,3日どこかの絵画教室の人たちなのか、思い思いの木陰にイスを置き、さ緑に映える社殿を、はたまた揺れる百色

若葉の緑風を描いておられるのでしょうか。

昼近くともなると陽射しが強くなり、恋しい葉陰でなお熱心に写生されています。

時折に若葉を揺らして、一陣の風が鏡池を渡る時、風は水面に青葉満ちる抽象画を瞬時に描いて去っていきます。

どの画も捨て難い完成度ですが、残念ながらすぐに元の静かなカンバスに戻ってしまいます。

無色の池面に異彩を放つ風は偉才の持ち主です。

2016.05.28

楼門の組物.jpg

組物とは辞書には建物の柱上にあって、軒を支える部分と出ており、斗(ます)と肘木(ひじき)を組み合わせたものです。

これを更にわかりやすいように説明しようとすると、専門用語ばかりが並んでしまい、文からは実際の形がいよいよわからなく

なってきます。もっとビジュアルなものが必要です。

まあ写真のような形のものを言い、斗栱(ときょう)とも言われるものです。

これは楼門のもので、これの棟木に墨書があり文保2年(1318)と記され、鎌倉時代末期の建立で、重要文化財に指定されて

います。

古くより上層部に鐘が吊るされていましたが、明治初年の神仏分離により取り外されて売却され、現在は所在不明となってい

ます。

釣鐘には銘があって、いまその控だけが残っています。

江戸時代 当神宮は大和一円を支配していた興福寺と対立をしており、神宮有事の際には、この鐘を激しく叩いて氏子に喚起

し、武装蜂起を促したということです。

今もどこか、田舎のお寺で元気に撞かれていることを願っています。

2016.05.26

緑陰の拝殿

テーマ:境内

緑陰の拝殿.jpg

拝殿は四周が木々で覆われ、包み隠す戸がなく、いつも風が通り抜けていきます。

この時期は若葉色より少し闌(た)けた深い緑樹の光が、風に運ばれ拝殿の床に届き、まるで瑞々しい緑色の水を流したかの

ように一面を輝かせています。

拝殿の造営は平安時代の後期、永保元年(1081)で、当時より今日に至るまで毎朝床板を含めた殿内各所は神職により拭き

清められ、一日たりとも欠かすことなく今に続いています。

大切な祭典のある時は一日2回、現在までおおよそ4万回以上磨き込まれ、表面は鏡のようになり、これこそ鏡板と言うもの

です。

神社は特に清浄を第一義とするところ、これ即ち心身の清明につながるものです。

皆さんのお家も然りですぞ。

2016.05.20

カエル君の卵です.jpg

新聞各紙にはちょっと前から、モリアオガエルの卵の話題が掲載されており、当宮のモリアオガエル君のは今年はいまだに

発見できず心配していました。

本日目を凝らしてよくよく見渡してみると数ヶ所にカエル君の卵塊(らんかい)を発見でき、一安心しました。

くだんのカエル君は日本の固有種でほぼ一生、産卵期以外は木の上で生活し、枝や葉に卵を産み付けるのが特徴となって

います。

やがて10日前後すると木の上でオタマジャクシにふ化して、ポチャポチャと池に落下することになります。

昨年よりも1ヶ月近く遅かったので、その生存を心配していましたが何よりホッとしています。

元気にオタマジャクシとなって、来年また卵塊が見られるよう、無事に成長してくれるよう優しく見守りたいと思っています。

2016.05.17

プロペラのように.jpg

境内の中低木にからみ付いた定家葛(ていかかずら)が白い花を咲かせています。

花はよく見ると5片に分かれ、微妙にねじれていて、プロペラかスクリューのようにも見えます。

朝日を受け白色に輝いて芳しい香りを放っていますが、やがて薄黄色となり雨の後などは撒き散らす如く、一面に落ちる

のです。

ツル性で手の届くところに垂れ下っているので、思い切り引っ張ると切れることなく、最後には木を揺り動かしているようで、

驚くほどの強さです。

能「定家」に式子内親王と藤原定家の悲しいばかりの燃え滾る恋が描かれ、死後もなお内親王のお墓に定家葛がまつわ

り付いた悲恋が語られます。

まつわりつくものは少々オソロシイ。

花のあとやがて実をつけるのですが、その姿が想像以上に驚く形となっています。後日に「乞御期待」です。

2016.05.13

恋の季節?

テーマ:境内

恋の季節.jpg

お宮のニワトリも遅い恋のシーズンが到来したのでしょうか。

日の光がそっと差し込む境内の片隅に目を見詰め合って、ずっと佇んでいる二羽。

もう随分長い間、見つめ合っているのです。

なんだかモジモジしているみたいで、まるで初々しい若者が何も語らず寄り添っている姿に見えてきます。

もう忘却の彼方過ぎ去った青春の酸っぱい香りが甦って来るほど、若くはありませんが、光景が脳裏に浮かんできます。

春から初夏に移る頃合は楽しくもありますが、何だか魔物も出て来るみたいで、ゆめゆめ油断は禁物ですゾー。

2016.05.10

石上神宮はいつから?.jpg

石上神宮という神社名は大変古くすでに『古事記』に記されています。

それも神倭伊波礼毘古命(かんやまといわれびこのみこと、後の神武天皇)が熊野から大和にお入りになる時、熊野村で

大熊の出現とともに、その毒気で気を失って一行が倒れ、仮死状態という非常事態に陥った時、一ふりの刀を天上から、

神武天皇のもとに降ろされた。

するとその刀の霊力で、天皇以下一行は目覚めて元気になり、熊野の山の荒ぶる神たちを平定し、大和に進むことができ

たと記され、そこにこの刀のまたの名を布都御魂(ふつのみたま)と言い、この刀は石上神宮に坐(いま)す、と出ており、

古くこの時代から「石上神宮」と呼ばれていたことがわかります。もちろん今に布都御魂大神様は第1番目の主祭神として

お祀りしています。

時代の推移とともに、いろいろな名称が広く用いられ、「石上振(ふる)神宮」「石上社」「布留社」などと記され、燈籠や軒先

の瓦などに多様に刻まれています。

一度見比べてみるのも面白いものですよ。

2016.05.07

みどり滴る.jpg

そよぐ風に揺れ滴る緑。

参道を進んで行くと、楼門の向うから輝かせて朝日が待ちかまえています。

こぼれ落ちる緑の揺れに合わせ、まばたいて目映い光をこちらに寄せて来ます。

夏らしい輝きを強めて差し込む光は、若葉に包み込まれると柔らかい明るさとなり、その中ではなんだか気持ちが楽しく心が

はずんで、暫し新葉の下に佇んでいたい気持ちになります。

太古人類は森から誕生したと言われ、その遠い遠いむかしのDNAが蘇ってくるのでしょうか。

2016.05.04

輝く紙垂.jpg

木漏れ日を受け輝く楼門の紙垂。

紙垂と書いて「しで」と読み、「四手」の表記も、垂れ(しだれ)のつづまった言葉といわれています。

『古事記』の天石窟(あめのいわや)のところに「五百津真賢木(いおつまさかき)を根こじにこじて、、、、下枝(しずえ)に

白丹寸手(しろにぎて)、青丹寸手(あおにぎて)を取り垂(し)でて」とあるのを起源としている。

中世よりいろいろの折り方が生まれ、御幣(ごへい)でも左右の垂れ方に違いがあり、白川流、吉田流の二流があります。

紙垂は神社では広く用いられ、神前に奉るものとして、また清浄のしるしとして、結構たくさんありますので一度ゆっくり

観察してみて下さい。

2016.05.02

揺らめくミドリ.jpg

一陣の風が鏡池を通り抜ける時、風は水面(みなも)に斬新な緑のデザインを残して去って行きます。

もう二度と同じ模様を描くことはありませんが、溢れる才能で次から次にと嫌みのない図柄を一瞬で作り、またたく間に消して

しまいます。

暫し佇んで黒っぽいキャンパスに現れる図案を心地良く眺めることのできるのは、この新緑の今しかないのです。今ですぞ。

2016.04.29

森青蛙

テーマ:境内

森青蛙.jpg

境内の池で森青蛙(モリアオガエル)の卵塊を発見、例年は5月なのでやっぱり今年は季節の進みが早いようです。いつまで

早い状態が続くのか、秋まで?

池にせり出す榊の木に白い泡の固まりのようなものがついているのです。

固まりの中の卵の数は、各書を見ると200個とか、300とか、それ以上とか、記述はまちまち、ものすごくアバウトな数字で、

きっとだれも実際には数えていないことに納得。

それではと数えたい気持ちに駆られるが、あとが大変なので断念。

近いうちにふ化してオタマジャクシになり池にポチャンと見事に落下することに。

親のカエルは誰も見たことないと思うけど、全身ミドリでカエルの概念からすればちょっと異質です。

県の絶滅危惧種になっているので、何もせず遠目に蛙にかえるまで優しく見守ることにします。


2016.04.26

青葉若葉の日の光.jpg

日脚の伸びた春の明るい光は、廻廊の連子窓(れんじまど)を通りぬけるかのように、その裏側まで明るくしています。

当神宮では他の神社と同じく、毎早朝に神様に神饌(しんせん)をお供えして、お祭りを奉仕しますが、その時の祝詞に

「朝日の豊栄登(とよさかのぼり)に」という語句があります。

すでに奈良時代以前から今に使われ続けている成句で「朝日がはなやかにさし登る良い時に」という意味で、古来より

日の光は神の恵みと感じ取っていた日本人の心がよく表われています。

青葉若葉に降り注ぎ、明るい透る光にあら、とうとしと感じてしまいました。

2016.04.23

杜鵑花咲く.jpg

境内はいよいよ柔らかな新緑の色に包み込まれてきています。今頃の緑は受ける光を吸い込んで決して派手ではありま

せん。これが好きなんです。

日の光をまとって、艶やかにパステル調の緑を放ち、その奥からウグイスの囀りが響いてきます。

ウグイスの歌声に急(せ)かされたのか、例年より随分と早くサツキが紅色の花を咲かせ出しました。

社務所周辺には、サツキ、ツツジが植えられていて、これから白系、赤系の花が楽しめます。

緑に包まれてボッーとしているのも、いいものですよ。

2016.04.20

布留山の檜.jpg

神宮の森は「石上神宮社叢(しゃそう)」として、奈良県の天然記念物に指定されています。

その社叢を形成する樹木はほとんどが常緑樹で、参道周辺には落葉広葉樹もあって、季節感を演出してくれます。

特に高木で目立つのは檜で、古く「日本書紀」にも登場、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が放った髯(ひげ)が杉となり、胸毛は

檜に、眉毛(まゆげ)は樟(くすのき)となり、杉と樟は舟の材に、檜は御殿を造る材とすべしと出てきます。

最も優れた樹であることからこの時代にはすでに「真木(まき)」と表現され、「万葉集」にも檜は9首詠まれています。

今でも緻密で光沢と香気があり、耐水力が強いので建築材として最高級とされています。

これを用いた舞台が最上最高超一流のものとなる檜舞台です。

因みに私は毎日、最上最高超一流の上に堂々と立って踏んでいますよ。

国宝の拝殿の床材は厚さ2.2センチの檜材で、できているのです。

2016.04.17

被さる若楓

テーマ:境内

被さる若楓.jpg

夜来の若葉雨により一層潤いをうけた楓の新葉が、手も届くほどに参道を覆っています。

昼頃にはすっかり晴れ渡り、一足早い白々とした夏ふうの光が差し込み、時折に風が通り抜け、葉を揺らして行きます。

予想が外れ、大雨にはならなくて、はるか九州熊本の方々の難渋の姿を思い少々安堵しました。

一日も早く収まって、もとの元気な生活ができることを只々祈るばかりです。

2016.04.13

今年も出ました幽霊茸.jpg

決してあの恐ろしい本当の幽霊ではありません、本当の幽霊っておかしな表現ですが。

これは全体が銀白色で最後まで緑にはならない銀竜草(ぎんりょうそう)と言うイチヤクソウ科の腐生植物で、枯葉の下から

スッーと生えて来るのです。

毎年この時期になると境内のほぼ同じ所から出てきます。

今は出てすぐなので、5?6センチ程ですが、だんだんと成長し、10?15センチぐらいになってタツノオトシゴによく似た形

となるのです。下向きの先端には花までつけます。

じっくりと見たい気持ちはわかりますが、近づいて触ったりすると、ひょっとして消えてしまうかも知れませんので、見るだけ

ですよ。

2016.04.10

古式懐かしい松の花.jpg

境内を広く見渡せば松の木が散見されます。

その昔江戸時代には布留山はそのほとんどが赤松の森で、松茸の有名な産地でもありました。

全国の山と同様にマツクイムシによりそのほとんどが枯死してしまいました。

マツクイムシだけが悪者ではなくて、樹勢の老化、寿命また乾燥、酸性雨などによる大気汚染またマツは貧栄養の土地に育つ

ことより、落葉を取らない土地の肥沃化など我々人間の側にもその原因があるようです。

『万葉集』に79首も詠まれ、長寿を象徴するものとして、また春夏秋冬の一年中、濃い緑でその色を変化させることなく、毅然

と立つ姿に神性霊性を見てきました。

つまり短絡的発想をすれば、環境の悪化は神性の消滅と言うことです。ああ恐ろしい。

2016.04.07

真夜中の桜.jpg

有名な一本桜は全国にどれだけあるのでしょうか。そんな写真集も出版されているみたいです。

山の辺の道周辺にも有名でない一本桜が何本かあり、その下でお弁当を食べるのを楽しみにしておられる方がいます。

気になる一本桜の昼間は人が多く、ゆっくりと楽しめないので、夜に毎年のご挨拶に伺いました。

もうたっぷりと日は暮れて、いよいよ家並の明りも消えていく中、意外に夜の一本桜を楽しむ人の多くいることに驚きしきり。

世の中、余程暇な人もいるものだと感心するやら、納得するやら。

ひょっとして私もその1人?

2016.04.05

若葉燦々.jpg

進む春とともに殺風景な落葉樹の枝には、日に日に若芽が目立ちはじめ、早いものはもう新葉をつけ出しています。

日の光を受け透ける若葉の色は生気に満ち、瑞々(みずみず)しい清新さが感じられます。

光を放つ若葉の緑は古来より目に良いと言われています。

目の科学的治療がない時代、やさしい緑は目の活力を養う良い保養になっていました。

野鳥が木枝で巣作りをして、雛を育てる時期は新緑に包まれる頃で、やはり緑はそんな力をもっていると信じています。

老眼が進む昨今、変なものは見ないでもっと緑を見よっと、目の保養のために。

2016.04.02

今満開です.jpg

梅の花が咲き、「来る春」に喜び、あちらこちらの梅を楽しんでいたら、やにわに桜の枝先が膨らみはじめ、もう満開となって

しまいました。

数日後には、「落花」というスイッチが全ての桜に入り、あっと言う間もなく一斉に散り始めるのです。

風に舞いながら花吹雪を纏(まと)って春は舞台から姿を消してしまいます。

「行く春」の華麗さに心と目を奪われながら、散る花を哀惜し、過ぎ行く季節を実感することになります。

なかなか咲かない桜にやきもきし、咲けば咲いたで、その木の下で花の宴の大騒ぎ、吹く風降る雨に一喜一憂、心を動かして

しまう「桜力(さくらぢから)」の凄さを感じます。

日本の風土に根差す美意識のDNAが、この時期妙に騒ぎ出すのです。これって私だけ?

2016.03.29

国宝の懸魚.jpg

拝殿の東西の破風の下部に取り付けられているのが「懸魚」です。

当初は魚を懸けていたので(ナマの魚ではありませんよ。念の為)、魚の形に似ていましたが、時代とともに複雑化、意匠化

して、梅鉢・猪の目・かぶら・三花(みつはな)懸魚など建築様式にあわせて発達しました。

因みにこのハート形は猪の目に似ているので、猪(い)の目懸魚で、当初となる平安時代後期のものではないらしいが、

古風な様式を示していると言われています。

神宮の建物のあちらこちらに付いていますのでゆっくりと見て下さい。(ガギグゲギョ?)

2016.03.26

夕桜寂し.jpg

夜桜の見物用に桜灯籠に火が点りました。

でも桜はチラホラ咲きで寒く見る人もなく、忙(せわ)しく車が行き交うだけで、暮れる頃は余計に寂しい感じがします。

やはり3、4分咲きぐらいにならないと桜も力が入らないみたいで、特に夜桜は満開がお似合いで、人を強く引きつけるもの

です。

桜力とは辞書には見当たりませんが、桜のパワーはいやが上にも日本人の心を引き付け、それに答えて我々も心を思わず

寄せてしまう遺伝子を持っているのですよね。

これから一週間後が満開、そのあとの一週間後にはもう散ってしまって、ただの木になるのが少々心残りです。

2016.03.23

天からの初花や.jpg

やっと当神宮外苑公園と桜並木に初花が舞い降りて、春光に透き通る白い花びらを輝かせています。

今朝午前十時からの恵比須神社例祭を言祝ぐように初桜が光りはじめ、賑々しい中での祭典でした。

明日から4月10日まで毎夜午後9時まで、外苑公園一帯には、ぼんぼり、ちょうちんが点灯され、日一にと咲き揃う桜に

ウキウキしてきます。

「・・・春の心はのどけからまし」と在原業平が詠んだように、春になると桜の花を待ちのぞみ、咲けば咲いたで雨や風に

散ってしまわないかと心はのどやかでない気持ちが良くわかる深みのある渋い男になってきたかも。

苦い男ではありませんよ。

2016.03.21

霞と紅葉と

テーマ:境内

霞と紅葉.jpg

春山万花、秋山千葉、春山と秋山どちらが好きですか。

『古事記』の応神天皇の段に、伊豆志(いずし)の神の女(むすめ)を兄弟で取り争う物語が出てきます。

兄の名は「秋山之下氷壮夫(あきやまのしたひおとこ)」、弟は「春山之霞壮夫(はるやまのかすみおとこ)」で、兄は秋山の紅葉

を表わし、弟は春山の霞を示しています。

つまり春秋の自然の美しさの優劣を争う意味が含まれていると解釈されます。

結局のところ、弟の春の霞の方が美しいようで、その神の娘と結ばれて1人の子を儲けることになります。

これを成功に導いたのは、春に咲く藤の花でした。

霞がかる藤の花はなるほどシブク、美しいものがあります。

この話にはこの他にいろいろの面白い示唆に富む内容が付随しており、一度原文は難しいので(?)、解釈つきの現代語訳で

読んでみて下さい。

2016.03.17

春光影をうつす.jpg

いよいよ春色進み佐保姫の登場の時期となりました。

佐保姫は、春をつかさどる神とされ、古代の五行説では、春は東方にあてられ、奈良時代都であった平城京の東には佐保山

があり、そこに座(ま)す女神を「佐保姫」と呼んで、春の神様とみていました。

そして春の霞はこの神様が織り出すものと考えられていました。

これからいよいよ空も山も野原も霞に染めて、いかにも春ののどかな気分が充満してきます。

当方は佐保姫さんに余程好かれているのか、四季を問わず見るもの霞んでおり、常にのどかな気分(?)です。

2016.03.13

桜のボンボリ.jpg

神宮外苑公園と正面参道を出た県道51号線周辺の桜並木には早やばやとボンボリ(雪洞)が取り付けられました。

六角形の覆(おお)いには桜がデザインされていて、間もなく明りが灯(とも)されます。

こうなると桜もいよいよ焦ってきて、早く花を咲かせようと日に日に蕾が膨らんできています。

『万葉集』には約4500首の歌があり、植物を詠んだ歌がなんと3分の1に当たる1500首もあって、植物の種類は150種を

越えています。

やっぱり自然環境が良く、自然の命とともに人々が生活していたことが容易に想像できます。

ちなみにその中で桜を詠んだ歌は46首ほど。

これが多いか少ないかなどと考えていたら、頭が疲れて来て、急に桜餅が所望(しょもう)したくなってきました。

2016.03.11

山の辺の芽生え.jpg

神宮周辺の木々は本格的な春を迎え、さまざまに萌え出る芽の美を競演しています。

よくよく観察していると花をも凌ぐ芽吹きの変化の美しさがあります。

芽生え、芽立ち、芽吹く、萌え、木の芽時など変化に富む表現があり、最近では少々危ない言葉の使い方もあり、青春の匂い

を思い起こす雰囲気があります。

あまり芽生えることのなくなった身にはうらやましい季節、少々寂しい響きとなっています。

これからあの無骨で飾り気けのない木々がその体のどこから美しい花を押し出してくるのか、毎年のことながら、春の律儀で

しかも神妙な力に感嘆するばかりです。

「万葉集」に、夏は緑に秋は紅の綵色(しみいろ)が良いと、なかでも春は萌えがなおいいそうです。

この時期年を忘れて少々もえあがらないいけませんなあ。

2016.03.08

桜花いまだ含めり.jpg

「含(ふふ)む」とは花がつぼんでいて、まだ開いていない、つぼみの状態のことを言います。(老婆心ながら念のため)

いくら暖冬だったと言っても、さすがに桜の蕾は只今形成中にて、まだまだ固く当地の開花予想は30日前後となっています。

これは例年よりやや遅めの見込みで、暖冬であったため、却って花芽が低温にさらされなかったので、春の目覚めが悪く、

「休眠打破」が順調にすすまなかったせいと分析されています。

でもよく見れば冬木はすでに春の空気をまとって、静かに梢からふっくらとしてきているように見えます。

神宮外苑の桜並木はいつ開花するのか、少し気が早いですが、日中の気温の上昇とともにその気分も上昇、朝夕見る楽しみ

が一つ増えました。(花見酒も楽しみ)

2016.03.05

透き通る春光.jpg

春は草木の芽が「張る」から出たとか、田畑を「墾(は)る」からだとか、どちらにしても、生命力にあふれたイメージがあり、

これから命あるものみんな元気に動き出す時期です。

特に光は土、植物、動物、地上のすべてのものに力を与え、新たな命を育む力あるものです。

万葉人は現代人よりもっと強く力を感じ、それを受け取り生命力の更新をはかって、多くの恋の歌を詠んでいます。

やっぱり私たちもこの時期もっと心を動かさないといけないのです。

いくら年を取っても、感動しないと心身が錆びつきますよ。

てなことで、ヨイショッと重い腰をあげて、外に出て春の光を浴びてこよっーと。

2016.03.02

光集める蕗の薹.jpg

春寒ゆるみ陽光射す土手の枯草の中に蕗の薹を見つけました。

周辺にポツポツと淡い緑の色を広げて、味気ない一面にその存在を際立たせています。

日本の最古の野菜のひとつと言われているのに、「万葉集」に見当りません。

なんでなの、植物は150種以上も詠み込まれているのに、或いは当時別の呼び名があったのかも、所詮言葉は時代により

流動するもの変遷するものです。

早速にテンプラにして美味しくいただきました。

味噌汁、和えもの、つくだ煮など常食すると、スタミナがつき、せき止め、また整腸、浄血作用が期待できると言われています。

微妙な言い廻しで、何かの怪しい宣伝みたいですが、詰まるところ健康は気から病も、やっぱり前向き、ポジティブな生活が

大事ですよね。

なかなかそうはなれない寂しさ。

2016.02.29

この門の老木.jpg

境内の中に幾本かの梅の木があり、すでに開花して芳しい香りを放っています。

長生殿(ちょうせいでん)の中には、老木となり自立することが出来ず、支柱の施された梅があり、両手で数えられる程の

花を咲かせます。

どこから養分が伝わってくるのか、不思議の一言で、老木の貫禄を感じてしまいます。

この年頃になるとこんな所に妙に感心することが多くなり、更には老木の趣きにも増して、老僕が浮かんできて、老の文字

に心のひっかかりを覚えます。

4年に1度の閏日だと言うのに、ちっとも潤わない心。

2016.02.25

咲けるあしびの花.jpg

一足早くお庭にはピンクの色濃いあせびが咲き出しました。

『万葉集』には10首も詠まれていて、表記も「馬酔」「馬酔木」「安志妣」「安之婢」とあって、あしびは万葉人には好まれて

いたのでしょう。

あとの平安の歌人たちは、桜や梅、山吹、藤など小々派手な花がお好みで目立たないあしびは特段取り上げて詠んでい

ないので趣味の違いを感じます。

自然と共にあって、花という花に生命の力と愛情とを投影していた花大好き万葉人の面目躍如を感じます。

そんな美しいあせびにはアセポトキシンという毒素があり、馬や鹿が葉を食べると麻痺を起こすと言い、まさしく馬酔木で

す。

そんなことで奈良公園の森には大木があるんですよ。

2016.02.22

春月出づる

テーマ:境内

春月出づる.jpg

まだまだ肌寒い日が続いています。

二月の春と四月の春は大違いで、やはり暖かい桜の頃はなぜか却って物憂い気分になるのです。

ましてや桜の上に朧(おぼろ)に霞んでいる月を見ると余計に言い表せない気怠さが助長されて、猫のマタタビ状態になるの

は、私だけでしょうか。

昨夜の春月には冬帝が潜んでいて、冷気をまとっていました。

マタタビ状態はもう少し先のことになりそうです。

2016.02.19

春の鶏ひねもすのひり.jpg

ここ二、三日の日中は気温も上がり、鶏たちは冷えきった体を暖かめるように、日向に出て思い思いに心地良い居場所を

見つけ、春の温かい光を一身に集めています。

余程気持ちが良いのでしょうか、ついつい眼(まなこ)をつぶり、ウトウトとしているようにも見えます。

昼間は人間もいるので、危険な小動物の来襲も心配することなく、すっかり安心しているのでしょうか。

日溜りで寝ている鶏の姿はもはや野生を失い、むしろ人の居眠りの姿に重なってきます。

とても気持ちの良さそうな寝顔を見ていると、こちらの方こそ羨ましく、あやかりたい気持ちになってきます。

ああ、あやかりたい、あやかりたい。

2016.02.17

古色蒼然たり.jpg

境内には数多くの燈籠(とうろう)があり、その形も時代により違いがあります。

その中でも禁足地内に建つものは古く、「貞享2年(1685)布留社・・・」と刻銘されています。

楼門の手前にある二基のものは、文化11年、12年(1814、1815)とあり、今から200年前のもので、最上部の笠の上には

年中美しい緑色をたくわえた苔が生えて、古色蒼然としています。

古い時代のものほど重厚で形はシンプルなものが多いように見えます。

社寺の燈籠には、木燈籠(きどうろう)、金燈籠(かなどうろう)、石燈籠(いしどうろう)、釣燈籠(つりどうろう)、懸燈籠(かけどうろ

う)のほぼ五種があります。

お出かけの時に注目して下さい。

でも決して押したり、引いたりは危険ですので、おやめ下さい、見るだけですよ。

2016.02.15

流されて重ねけり.jpg

年初から咲き出している椿は花を開いたまま、ほぼ満開状態で早や2ヶ月が経過しようとしています。

寒い日の霜や北風を受けて、少しずつその花を落としています。

やがて大雨の後には流れ口に集まり、日に日にそれぞれの色を濃くして、最後にはすべて茶色一色となって地に同化して

しまうのです。

花は落ちて終るのではなくて、更に渋い光を放っている姿に花の執念と言うか、こだわりが見え、味わい深いものを感じます。

2016.02.11

春日の鶏冠.jpg

放射冷却でひえ込んだ日は昼近くになると明るい暖かな日の光が射して、気温も上昇、日向(ひなた)では思い思いに

春光を浴びるニワトリの姿が多く見られます。

じっと微動だにせず、ただじっと満身に春日を受け、ただただ立ち尽くしています。

春めく光は鶏冠を通して全身に行きわたるようにも見え、光の力を溜め込んでいるようです。

やはり良い天気の日は布団干しよろしく、体も少々干さないと元気が出ませんよ。

2016.02.08

布留の宮の冴返る.jpg

春が立ってから比較的穏やかな日が続いていたと思っていたら、今朝は冴返(さえかえ)り、凍返(いでかえ)って、手水の柄杓

(ひしゃく)も凍る寒さとなりました。

東の空がほのぼのとしらみかけるも、中天にはまだ夜の色を残した紫だちたる雲が残り、その色に反射して、一時(ひととき)

拝殿前は青味に染まります。

この頃が一番冷え込む時でもあり、境内に響く鶏の声も妙に尖(とが)って聞こえてきます。

でも安心して下さい。こんな日は日中は随分暖かくなるのですよ。

2016.02.05

ほよ取りて千年寿ぐ.jpg

ほよとはヤドリギの古名にしてほや(寄生)とも記す。

この時期 落葉広葉樹に寄生するためよく目立っています。何もかもがミドリをなくした時に、ほよは凍てつく寒さにも

元気に冬木を掴(つか)んで、勢いある葉の緑を放つ姿は永遠の力を感じさせるものがあります。

古く『万葉集』に詠われて、「あしひきの山の木末(こぬれ)のほよ取りて、かざしつらくは千年寿(ほ)くとそ」(大伴家持・4136番)

とあって、山の梢のやどりぎを髪にさしたのは、千年の命を祝う気持ちからですよ と国府の役人たちを集めて、新年の宴に

家持が詠んだ。(この時代の人はよくいろいろなものを髪に挿しますよね。)

日本だけでなく、欧州でもヤドリギは延寿の木として信仰があり、古代ケルトの人々はオークに寄生のものを奇跡の瑞(しるし)

としていました。

結構公園の街路樹に寄生しており、近いうちに白黄色の小さい花が咲いて、緑の実をつけます。探して見て下さい。

案外ラッキーかも。

2016.02.03

五風十雨.jpg

今日が節分で明日が立春、暦の上では春が立ち、日一日と春が感じられることになります。

今年は季節の巡りは常ならず、椿は正月から咲いていて、梅もすでに開花しているものもあり、例年と趣きを異にしていて、

この調子では桜の開花がいつになるのか心配になってきます。

晴天の日の鶏たちは日向ぼこして、砂場の此処彼処(ここかしこ)に穴を掘って、光の春を楽しんでいるようです。

それでも当地大和の2月は雪の積もることが多く、鶯が肝をつぶす日もあります。

やはり季節の移りは五風十雨にして、五日に一度風が吹いて、十日に一度雨が降る順調な運びが望まれます。

2016.01.29

靄る境内春の雨.jpg

夜半から雨がしとしとと降り続き、払暁(ふつぎょう・あけがた)には十二分に雨水を吸い込んだせいか、些か靄(もや)が

かかったように参道も煙って、水を含んだ石橋が明け初める境内の色を隈無く写し出していました。

予報では今日は終日雨とのこと、随分久方ぶりで広く地を潤し、春を待つ草木には喜びの雨となっています。

野道を歩くと柔らかくなった地の感触が伝わって来て、春近しを感じます。

凍てた土は余計にぬかるんで、生じる泥濘(ぬかるみ)に足を取られることもあります。

何事もぬかると良いことはありません。

2016.01.25

玉の緒祭

テーマ:境内

玉の緒祭.jpg

冬から春の節に移り変わる節分の前夜(2日)に斎行されるのが、「玉の緒祭(たまのをさい)」です。

玉の緒とは元来玉を貫きとめる緒(ひも)のことですが、玉は魂につながり、我々の命のことを指しています。

季節の変わり目に命が絶えないよう御祭神のお力によって繋ぎ留める神事が、一切の照明を消した中で行なわれます。

この時、事前に申し込みのあった「玉の緒御守」が奉献され、それにはそれぞれの氏名、年齢が墨書されており、神事の後

全国の崇敬者に送付されます。

寒い時期ながら命の再生、更新を祈り遠方より多くの参列、見学者があります。

見学は自由ですので、興味のある方は暖かい服装でお越し下さい。

2016.01.22

せんりょうの赤々と.jpg

俄(にわか)に大陸から冬帝が動き出して、すっぽりと列島を覆ってしまいました。

遅い初雪だなんて呑気なことを言っている場合ではありません。各地で雪の被害もあり、当地でもうっすらと白くなったりして

います。

枯野道には寒風が突っ走り、ボッーと歩いていると風に躓(つまづ)いて、しまいそうになります。

何もかも鉛色に変る中、境内の片隅の千両(せんりょう)は寒気を得て、なお一層燃えるように赤々と光っています。

少し妖艶なほどに。

2016.01.18

アブストラクトだよ2.jpg

神宮から山の辺の道沿いに2,3分の所にある池は、夏には白い大きなハスの花を咲かせます。

このたったの2,3分が年末年始はどういうわけか、行けないのです。

必要なことの優先順位でやっているせいか、全く余裕がないのです。

おまけに寄る年波には勝てず、精神的余裕もなく、ふらりと行けない侘しさ。

それでも小正月も過ぎちょっと余裕、まもなく北に帰るカモちゃんも、カモンと呼んでいるので年始のご挨拶に。

残念ながら鴨はどこかにお出掛けでしたが、枯蓮が美しい抽象画を描いていました。

2016.01.16

霜ふる朝

テーマ:境内

霜ふる朝.jpg

寒さ知らずの小正月15日も過ぎ、急に厳寒となって来ました。

これで朝夕、平年並みと言うことですが、穏やかだったお正月の身には余計に堪(こた)えます。

特に明け方はここ2,3日0℃前後の寒さで、毎朝霜が降りて、殺風景な枯野は白い縁どりの締まった景色が展開されて

います。

凩で畑の端に吹き重なった黒いビニールにも霜が取り付いていました。

インフルエンザが寒さと共に流行の兆(きざ)しを見せています。

十分にご用心遊ばせ。

2016.01.12

堆く.jpg

15日はとんどの日です。

当神宮では午前9時から月次祭(つきなみさい)、続いて出雲建雄神社(いずもたけおじんじゃ)の例祭があり、10時より

古神符焼納祭となります。

最近はリニューアルを機会に家内で祀る多くの神棚がひとつになったり、コンパクトな形になったりして、古色の神棚が

持ち込まれます。住宅事情とともに信仰する生活の変化が読み取れます。

かつて旧暦1月15日は満月で望の正月(もちのしょうがつ)であり、農耕する人々にとっては、祖先神を迎えて、そのお力

をいただくための重要な節目の日でもありました。

神聖な火で焼いたお餅をいただくと一年中健康で過ごせるとか、この火にあたると無病息災で暮らせると言われています。

どうぞお越し下さい。

正月飾り、注連縄などは午前中までにお願い致します。

2016.01.10

はや満開

テーマ:境内

はや満開.jpg

例年なら春とともに咲き始める神庫椿(ほくらつばき)が満開となっています。

拝殿の奥、禁足地内に建つ神庫(ほくら)は、その昔七支刀(国宝)や鉄盾(重文)が収蔵されており、ここに咲く椿はいつの頃

からか神庫椿と呼ばれてきました。

椿は日本原産の花木で『古事記』『日本書紀』にも登場、『万葉集』には九首詠まれており、山の椿を歌ったものが多く、

この時代は神聖なものとして意識されていました。

これの愛好家は日本をはじめ海外にも多く、いずれも日本から渡って行ったもので、世界各地に咲いています。

鮮やかな色彩の大輪や八重などが多く、日本人と少々好みが違っているようです。

神庫椿は清やけく趣味よく咲いていますので、御覧下さい。

2016.01.07

力作展覧中

テーマ:境内

力作展覧中.jpg

新春早々の4,5日に力を込めて書き上げられた奉納書初大会のすぐれた作品が廻廊を中心に展示されています。

この奉納書初めには市長賞、議会議長賞をはじめ宮司賞など多くの特別賞もあり、大人顔負け墨痕淋漓(ぼっこんりんり)

とした作品が並んでいます。

これらの表彰式は今月の24日となっており、この日まで展示されていますので、ご参拝の折にはご覧下さい。

2016.01.04

心を籠めて

テーマ:境内

心を籠めて.jpg

今日と明日の2日間に渡って奉納書初大会が開催されています。

予め課題が発表されており、学年別の課題に従って、会場で用紙2枚が渡され、これに清書し自信作1枚を提出することに

なっています。

書く本人しか会場には入れず、2枚を持ち上げて、友達と何やら相談する風景もあったりします。

6日には厳正な審査が実施され翌日の7日から24日まで境内で展覧されます。

廻廊周辺に展示されますので、一心に書き上げた力作を御覧下さい。

2016.01.03

初ブログ

テーマ:境内

初ブログ.jpg

新年あけましておめでとうございます。

はや3日となりました。早いもので明日はもう仕事始めとなります。

もっと長いといいのにね。テレビ番組はまだお正月の特番ですが仕事が始まるとちょっと興醒めしますよね。

境内の大篝火は5日まで燃え続け、初詣の皆様を暖かくお迎えしています。

たまに弾けて火の粉を飛ばすこともあります。

ちょっとした火遊びでも危険ですぞ。