石上神宮フォトログ 山の辺の杜から
2017.09.21
目には清かに
テーマ:境内

 

古代の人々は春夏秋冬、四季のなかで最も好んだのは秋であったらしい。

『万葉集』には植物の中で、秋の七草の第一に置かれる萩が一番多く詠われ、『源氏物語』では四季のなかで、秋に関わる語が最多となっ

ている。

これから情感豊かな秋がいよいよ始まり11月に冬へとバトンタッチするまで、もののあはれの秋の情趣が深まってくる。

四季にはそれぞれ色があると言い、秋はさしずめ古来から白となっています。

拝殿に差し込む陽射しは日に日にやわらかくなって、乾いた風が吹き抜けると少々白さを感じるのは五感豊かな私のなせるワザ?

野に目をやると彼岸花が咲きはじめて、田の畦道を際立たせています。

田の主(あるじ)の稲穂は黄金色に染まり、風が吹くと稲穂が美しく揺れて、黄金波が立ちます。

この風がお米を一段と美味しくするそうで、乾いた風が稲の根本に新鮮な空気をあたえ、不要になった二酸化炭素や熱を逃してやると言

う。

これから1ヶ月は稲と風さんは喧嘩せず、仲良く暮らして、気持ち良い秋光と黄金風がうまく続いて、より一層美味しいお米の誕生を楽し

みに待っています。

・・・君が心に秋や来ぬらん?

2017.09.19
「諸霊招魂碑」
テーマ:境内

 

これは富岡鉄斎の筆によるもので、鏡池の南方にあります。

鉄斎は明治9年5月3日、41才の時に石上神宮少宮司に任命され、記録によると6月9日に赴任しています。

富岡鉄斎は日本を代表する文人画家で、力強い筆勢と色彩豊かな表現は当時の多くの洋画家を魅了し、かの評論家の小林秀雄をして、「東

洋のセザンヌ」と言わしめました。

その奔放な作品は万余に及びますが、それとは裏腹に維新後の歴史ある神社の衰微を嘆き、神社界の再興を希求し神官となった。

人柄は極めて真摯で誠実な性格であったと聞く、石上神宮、次いで大鳥神社在任中は自ら絵筆を奮い、書画を描いて神社の復興、興隆に

粉骨砕身事に当たり、更には御陵の巡拝と調査も実施した。

兄の死去に伴ない神職を辞し帰京、その後画業と学問の道に進み、画工と呼ばれるを好まず、自ら学者として修身と考証学を教授、晩年は

帝室技芸員、帝国美術院会員となり、大正13年89歳にて逝去。

当神宮にはこの他に参道入口の左側に建つ社号標も鉄斎の筆によるもので、大正2年御本殿造営の竣功記念として刷られた扇面には鉄斎の

下絵が用いられた。

秋分の日を前に先人の偉業を偲びたいものです。

2017.09.16
山管の咲く
テーマ:境内

 

境内の山際、或いは山中の樹林下に自生していて、夏より紫色の花をふさの状態で密生してつけています。

今は藪蘭(やぶらん)と言い、『万葉集』には「やますげ」「やますが」の名で登場し、表記としては「山管」「夜麻須気」「夜麻須我」な

どとあって、あまり目立たない花にしては、集中に12首も詠われていることに少々驚きます。

そのほとんどが枕詞や序として用いられ、実のなることから「実」、葉の乱れていることから「乱れ」「思い乱れ」などなどの枕詞となっ

ています。

現代の思考では考えの及ばぬ世界かも知れません。

やますげは或いは「蛇の髭(じゃのひげ)」と言う説もあり、両方とも根は薬用になると言います。

どちらにしても淡紫色、藍色に輝いて美しく、闇の中に妙に目立っています。

2017.09.13
少々混んでいます。
テーマ:境内

 

今年はどう言うわけか、酉年のせいでしょうか、春に卵から雛となった20羽は順調に成長しています。

それぞれの親からかえった時の個数によって、三つのグループとなっていて、大きくなるとともにニワトリ君たちの行動もグループごとに

広がっていきます。

餌を啄(ついば)む時は一斉に群らがるので、判別は難しいですが、暫くするとそれぞれのグループで境内の各々の所に広がって行きます。

はるか遠くに広がったり、集まったり集散を繰返していても、見えない伸びる糸で結束がはかられているようです。

それでも何かの拍子で睨み合いも、空中戦もあったりしますので、その行動原理すべてを理解することは到底不可能のようです。

ニワトリは家禽(かきん)と言うものの、自然豊かな広い神宮の森で生活しているので、野禽の本性が甦っているのかも知れません。

2017.09.10
鳥総立て(とぶさたて)
テーマ:境内

 

鳥総(とぶさ)とは梢や枝葉の茂った先のことで、木樵(きこり)が木を切ったあとに、これを切株に立てて山の神を祭ったことを「鳥総立

て」と言っていました。

この言葉は随分古くより使われていて、『万葉集』に「鳥総立て」が二首(391番・4026番)詠われています。

この時代は今よりも、もっと自然の事物に対して深い感覚と身近なものとして捉えていて、敬い慎む心が深く、これを生業(なりわい)とし

ていた杣人(そまびと)は太い木を伐った時は、木の神・山の神に対して、中程(なかほど)は有難く使わせていただきますが、元(もと)と

末(すえ)はお返ししますという心で、元の切り口に再生を願って末の木を挿したものです。

命あるものに対して敬意と敬虔な感謝と共に命の継承・再生を祈っていたのです。

今秋の台風襲来のシーズンを控えて、倒れると危険な枯損木の伐採に際し、感謝の気持ちにあわせて、命を引き継いでくれる若木の補植も

必要なこととなります。