石上神宮フォトログ 山の辺の杜から
2019.03.24
神庫椿(ほくらつばき)と称します
テーマ:境内

 

現在、拝殿の後方の禁足地には本殿と神庫の二棟が建っています。その昔は今と同じように四周を瑞垣(みずがき)で囲まれているこの地を

「石上布留高庭(いそのかみふるのたかにわ)」あるいは「御本地(ごほんち)」「神籬(ひもろぎ)」などと称えられて、建物は一切なく、当

神宮の御神体はこの地の土中深くに祀られていると伝えられていました。

明治7年に時の宮司が官許を得て調査、古墳時代前・中期の玉類、剣、矛(現、重要文化財に指定)と共に神宿る神剣が発見され、やがて御

神体をまつる御本殿が建てられました。

続いて禁足地の外にあった神庫も中に移築され、現在の姿になっています。

この神庫の伝承として『日本書紀』垂仁天皇87年2月5日の条に石上神宮の御神宝をおさめている天の神庫(ほくら)を管理していた五十

瓊命(いにしきのみこと)が年老いたので、妹の大中姫にまかそうとしたら、姫は「私はか弱い女なので、どうしてあんな高い天の神庫に登

ることができましょうか」と辞退したことが記されています。

この神庫周辺には、いつの頃からか椿が生え、神庫椿(ほくらつばき)と呼ばれています。

今年は咲き出してから、比較的寒い日が続き、花期が長く今が盛りとなっています。③