石上神宮フォトログ 山の辺の杜から
2018.09.24
言霊の幸わう国(ことだまのさきわうくに)
テーマ:境内

 

朝拝は祭典など特別な神事がなければ、毎朝8時30分から拝殿にて毎日行なっています。

予約なしの飛び入りも大歓迎で、何人かの人の参加があり、お祓を受けて「大祓詞(おおはらえのことば)」など、全員で奏上します。

大祓詞は大変古く、たぶん飛鳥・藤原京の時代よりお祓いのために読みあげていた言葉で、当時とほぼ同文のこれを奏上していると、これ

らの言葉にはある種の不思議な力があるように思えてきます。

古代の人の感覚としてはもっと鋭く認識していたようで、美しい心から出てくる正しい言葉は良い結果をもたらすと考えていて、乱れた

心から出るデリカシーのない言葉はめぐり巡って、災いを招くと信じていました。

『万葉集』の柿本人麻呂の歌に、「しき島のやまとの国は 言霊(ことだま)の幸(さち)わう国ぞ ま幸(さき)くありこそ」(3-3254)

とあって、この日本の国は言葉の持つ霊的・不思議な力によって幸せになっている国だ。これからも平穏でありますようにと詠っていま

す。

今も結婚式のスピーチでは末永い幸せを願い、「別れる」「割れる」「切れる」などは用いず、最後は「終わる」「閉じる」をきらい、

「お開き」と言っています。言葉のおよぼすある種の力を意識しているのです。

最近はと言うと、SNSなどでの誹謗・中傷、言いたい放題のネットいじめ、ヘイトスピーチ等々、乱暴な言葉で悲劇が起きています。

言葉は生きていて、広がっていくもので、ていねいな美しい言葉を使いたいものです。

けなすのは易しいことですが、損はしないのでほめてこそ自然と明るい楽しい世界が広がっていきますよ。

2018.09.22
月見る月
テーマ:境内

 

来る24日は旧暦8月15日で仲秋の名月の日となります。

1年は四季に分けられ、各季は3ヶ月で、旧暦では第1月は孟、第2月は仲、第3月は季という字をあてて、月名を表わしています。なの

で秋は孟秋(7月)、仲秋(8月)、季秋(9月)となります。

旧暦は月の満ち欠けを基準に作られているので、仲秋の名月と後の月の九月十三夜は新暦では月とリンクしていないので、うまくいかない

ことになります。

今頃は月の出没時刻は毎日おおよそ60分ずつ遅れてきて、日没後ほどなくまん丸のお月さんが昇ってきます。(但し、日本でのこと)

ちょうど例年は暑からず寒からずで、野辺には秋草が咲きほこり、虫の音が競い合って四辺は風情にあふれ、見上げる空は清く高く澄ん

で、皎々と満ち満ちた月が楽しめるものです。

今年はと言うと、どうも予報は悲観的で無月となりそうなので、後の月見の10月21日に期待したいものです。

「月々に月見る月は多かれど 月見る月はこの月の月」とはいかないので、後の十三夜になりそうです。(ツキがないねぇ。)

2018.09.19
秋分の日に
テーマ:境内

奈良県指定の天然記念物のワタカ(コイ科の淡水魚)が泳ぐ鏡池には、この地を周遊する道があって、この道からは普段とは少し違った景色

が楽しめます。

この遊歩道に富岡鉄斎(とみおかてっさい)の筆による「諸霊招魂碑」が建っています。

富岡鉄斎は江戸末期から大正末期の人で、文人画家として有名ですが、幕末動乱のなかで強い勤皇思想に心を引かれ、維新後は歴史ある日

本各地を歴訪、明治9年には石上神宮の少宮司として赴任、当時神社界は衰微の極みにあり、由緒ある神社の復興に神官となって、粉骨砕

身して事に当りました。

当神宮にはこれの外に、参道入口の社号標も揮毫、大正2年の本殿竣功の記念品には鉄斎の下絵による扇が作られました。更には禁足地か

ら出土した大刀を納めた桐箱には「富岡百錬」の名で、この大刀の来歴を書きしるしています。

23日の秋分の日には秋季皇霊祭の遙拝式に続いて、この碑の前でも祭典が行なわれます。

2018.09.15
つき草に衣染める
テーマ:境内

 

朝夕は少々涼しくなって来て、境内周辺の路辺に咲く露草の青い花色がいよいよ冴えてきました。

万葉の時代からすでにあって、当時は「つきくさ」と言い、「月草」「鴨頭草」の字があてられています。

花の色が着いて染色に用いられることから、「つきくさ」と名付けられ、花を集めその色を和紙にしみこませて藍紙を作り、模様の下絵に

使用し、染めつけた後は、水洗いをすると下絵は完全に消えてしまうと言うもので、現在までこれに代るものはないとのこと。

『万葉集』に9首詠まれていて、色がすぐに変るので、恋心のさめやすいたとえとして6首、花が朝開き昼には萎れる命短い一日花より

はかなく消える運命になぞらえた歌が3首あります。

「月草に衣そ染むる君がため まだらの衣摺らむと思ひて」(巻7-1255)・・・露草で衣を摺り染めにします。

あなたに似合う色模様の美しい衣を作ろうと思います。作者は不詳ですが、絶対に美しい人に違いありません。

つきくさのたとえのように恋心冷めやすいとかはかない恋、命など、なぜか心動くものがあって、憧れてしまうのです。

2018.09.13
身もそぼつ
テーマ:境内

 

そぼつとは「濡つ」と表記され、古くは「そほつ・そほず」と記され、意味は濡(ぬ)れるよりも雨量多く、ぐっしょり濡れる、中まで濡れ

とおる意味とされています。

この「そほつ」で想い起こされるのが『日本書紀』武烈天皇11年8月の条にある、影媛(かげひめ)が愛しい人を慕い、当神宮あたりから

奈良山まで追って行く時の歌があり、今の北の山の辺の道の地名が詠み込まれていて、石上・布留・高橋・大宅・春日・小佐保と過ぎ行

き、「・・・泣きそほち行くも、影媛憐れ」と結んでいる。

意訳をすれば、武烈天皇が好意を寄せた影媛であったが、平群(へぐり)の鮪(しび)とよい仲となっていることを知り激怒し、奈良山で鮪を

殺害、この状況に後を追った影媛は全身ずぶ濡れになって、悲涙目に溢れて歌ったとあります。

ひどい雨の時はいつもこの「そほつ」の状況が想起され、屋内に逃げて時を過ごすニワトリにもその衰れさをもよおしてしまうのです。

(何と心優しい人なのでしょう。)