石上神宮フォトログ 山の辺の杜から
2018.12.24
千年寿く(ちとせほく)
テーマ:境内

 

神宮外苑のすっかり葉を落とした桜の枝に一際(ひときわ)存在感を主張しているものがあります。

これのことは『万葉集』にも詠まれていて第4136番歌に「あしひきの山の木末(こぬれ)のほよ取りて かざしつらくは千年寿くとそ」

とあって、大伴家持が国庁で正月2日の新年の宴をした時に詠んだものです。

山の木々の梢の「ほよ」を取って、かざしにするのは皆がいついつまでも無事で栄えるようにと、千年の長寿を祝ってのことです、とある

「ほよ」で現代では「ヤドリギ」と呼ばれているものです。

ヤドリギは宿木と書き、木に宿る草木のことで、すっかり枯れたようになった落葉樹の中にあって、こんもり大きく緑色をしている姿を見

て、強い生命力のあるものと信じ、古来より身につけてその力をいただこうとしたものです。

ヨーロッパではクリスマスに家々で飾り、特に今でも部屋の入口につけて、やはり万葉集に詠われているように、吉兆延寿、延命長寿の力

の宿る木の力をいただこうとしています。

門松もそうですが、緑なす常緑樹を飾るのは神様をお招きするもの、つまりは神宿るものということです。

今日、明日はお約束のケーキもいいものですが、木々の緑もいいもので、お飾り下さい。

2018.12.21
天皇誕生日
テーマ:境内

 

来る23日は国民の祝日となる天皇誕生日で、あまり用いたくはないけれど、次の天皇誕生日は再来年となります。

天皇誕生日の呼称は終戦によって、明治元年に制定された天長節(てんちょうせつ)より改称されたものです。

「天長節」の語はその明治初年より新たに用いられた名称かと思っていたら、初見はどうも『続日本紀』の光仁天皇(こうにんてんのう)の

宝亀6年10月13日の条、続いて仝10年10月13日にも記載があり、「この日天長節に当たれり、君臣を宴し、禄を賜う」とあっ

て、奈良時代後期にすでに用いられていたものです。

この語は更にさかのぼって、唐の時代玄宗皇帝が老子の「天長地久」の語に基づいて始めたと言うそうな、それが我国に伝来。

天地とともに天子の寿命の限りないことを願うという意味です。

同じような意味で『日本書紀』の神代紀に天壌無窮(てんじょうむきゅう)があります。

年の暮れに当り、各種の自然災害の多かった年が過ぎて、来る年は五風十雨(ごふうじゅうう)おだやかな世の中であることを願うばかりで

す。

2018.12.17
進む迎春の準備
テーマ:境内

 

昨日は神宮の自警団ほか関係者約30人によって、お正月の大掛りなものの準備をしていただきました。

大型の機械を使って、元旦から5日間燃え続ける大篝火(おおかがりび)も組み立てられました。

今日は午前9時より煤払祭(すすはらいさい)を行い、続いて神職以下巫女さんまで全員にて、本殿以下各社殿、社務所に至るまで、一年間

の煤をはらって内外をきれいにする煤払を行いました。

煤払は古くは12月13日と決まっていて、それぞれの家ではまず神様のおられる所から始め、この時に用いる箒(ほうき)は新しく切り出

してきた青竹を用い、その先には新藁(しんわら)を結びつけて、各所の煤、汚れを取ったものです。

この竹は各所をはらった道具、つまりはお祓(はらえ)を担ったものなので、大切に扱い正月の大とんどで焚き上げました。

やはり清浄な所に神様はおいでになり、清らかな環境は私たちの気持ちまでも、すっきりとなるものです。そうでないと家を守って下さる

年神様はやって来ないと言うことです。

年神様が快くお越しいただくようにボチボチお掃除を始めましょう。

2018.12.15
冬ざれ
テーマ:境内

 

境内はすっかり末枯(すが)れて、時雨(しぐれ)模様となり、落葉が風に散り動き、周辺の景色も冬ざれの景となってきました。

冬ざれとは冬になって草木が荒れ、山野湖沼など一面の景色がものさびしくなっているさまを言います。

古くは冬が「されば」で、去るの第一義は「移りめぐってくる」という意味なので、冬がやってくるということだったのに、いつの間にか

誤用が定着してしまいました。

日本列島に北からの寒冷前線が下りてきて、落魄(らくはく)蕭然(しょうぜん)の様(さま)濃く、いざいざ意識をきっぱりと真冬モードにし

ないといけません。

折りしもインフルエンザが流行入りしたとの発表がありました。

皆様くれぐれもお気をつけ遊ばせ。

いのちあるもの皆眠り冬ざるる 丹詠

2018.12.12
吹き寄せ
テーマ:境内

 

寒い北風が吹いて、遅い紅葉した葉が舞い落ち、境内のあちこちに寄せ集められています。

折柄の雨も加わり、散りゆくものの放つ渋い輝きになぜか心ひかれるものがあります。

これを吹き寄せと言って、古来より着物などの文様にもなっています。

先日まで色鮮やかに種々の色を織り出した紅葉は、着飾って美しさを自慢しているようで、少々鼻につくようにも感じられます。

その点敷松葉や吹き寄せは、わび寂びに満ち、名残の風情があります。

ふだんは使わない脳を動かして、高尚な興趣あふれる吹き寄せのことを考えていたら、脳が疲れたらしく急に吹き寄せの天麩羅の方に引き

寄せられてしまいました。