石上神宮フォトログ 山の辺の杜から
2018.09.02
山菅(やますげ)押し伏せて
テーマ:境内

 

今、神宮の森の木陰では藪蘭(やぶらん)が紫色の小さな花を多数穗状にして咲き出しています。日蔭なので紫の色がより一層美しく目につ

きます。

この花はやがて11月頃には紫黒色の実となります。

山菅(やますげ)はやぶらんの古名で、万葉集に12首もあります。

古語辞典を見ると「山菅の」は①山菅の実からみ(実)にかかる。②山菅の葉が乱れて伸びるから「乱(みだ)る」にかかる。③山菅の葉が勝

手な方向に伸びるので「背向(そがひ)[背後]」にかかる。④「やますげ」の「やま」と同音を含むので「止(や)まず」にかかる。とややこしい枕詞となっています。

『集』の巻11-2477番歌、作者不詳にて「あしひきの名に負ふ山菅押し伏せて 君し結ばば逢はざらめやも」とあって、歌意は少々

過激で、山菅を押し伏せるように、あなたがわたしを押し倒して、契りを結ぼうとなさるようなら、決してわたしは逢わないことはない

わ、と相手の積極的行動を期待していたりする、山菅は美しい花のわりになかなか厄介なのです。

2018.08.29
稲の花咲く
テーマ:境内

 

来る9月1日は二百十日となり、台風襲来の時期で、農業を営む方々にとっては特に注意が必要となる時節です。

この二百十日を前にすでに数個の台風が来襲上陸、雨量は記録的、猛暑日も異常なほど多くしかも超高温で、異常続きの今夏です。

では異常とは「通常とはちがっていること」とあり、それではと通常を調べると「普通であること」と説明があります。

つまり異常な状態が常に起こると異常とは言えなく通常で、昨今の異常気象はもうすでに異常ではなくて通常と考えた方が正しく、これか

らの対処に有用ではないかと思料します。

そんなことを考えながら神宮周辺の青々とした田圃(たんぼ)を見渡すと、稲穂の青い籾の中から白っぽい雄しべと雌しべちゃんが伸びてい

て、花が咲き出してきているのがわかります。

稲の受粉は2、3分と短かく、炎暑の昼にのみ可能とのこと。

どうぞ暫くは穏やかな日和が続くことを願うばかりです。

2018.08.26
円座(えんざ)
テーマ:境内

 

円(まる)い形をしている座るものなので、円座とよんでいます。

古くは藁(わら)を用い、蓋(ふた)のようなので「わらぶた」とも言っていました。

ごくまれに一般の家で、夏の敷物に使っていることもありますが、最近は籐椅子(とういす)も見かけないし、普通の家から夏の風情が消え

ていっています。

神社では年中これを用いており、全面が板張りなのでこれが座る場所の指定になっています。

平安時代初期の儀式などを記した『延喜式』にすでに載っていて、それぞれ使用上の規定がありました。

藺(いぐさ)の円座は径3尺、菅(すげ)は径3尺で厚さ1寸、蒋(まこも)の円座は径2尺5寸で厚さ5分となっていて、重要な儀式の時は特

別仕様の縁(へり)を布で包んだものとなっていました。

紫錦の縁は大納言用、青錦は中納言、参議は高麗の縁などと規定されています。

普通には藺草(いぐさ)で渦巻状に作り、七巻半(ななまきはん)となって、最後の綴目は後ろにすることになっています。

表・裏があって一般の人が置くとほとんど裏むきにしてしまう不思議があります。

皆さん座りなれていないので、正座をするとすぐにシビれてくるので、注意の程を。

(適当にゴソゴソして下さい。)

2018.08.23
恋は鯉?
テーマ:境内

 

お宮の鏡池には県指定天然記念物の「わたか」を始め、鮒、鯉とどういうわけか1匹のミシシッピアカミミガメが棲んでいます。

鯉は真鯉、錦鯉をはじめ、紅白・三色・黄金・白無地などいろいろの品種がいて、木洩れ日を浴びて悠然と泳いでいます。

日本には縄文時代の住居跡付近からその骨が出土していて、日本産の鯉がすでにいたものと思われます。

また『日本書紀』景行天皇の四年春二月の条に天皇が美濃の国に行幸された時、そこにはすごい美人がいて、その美人を見そめ、求婚しよ

うとした時、美人は隠れてしまったので、どうにかして気を引こうと庭の池に鯉を放って、見に来るのを待ったとあって、この頃すでに観

賞用に飼育されていたことになります。

これから恋の語源は鯉からきたとか・・・?

美人の鯉が気持ち快く泳いでいますので、コイ探しにどうですか。

2018.08.19
うつしき青人草(あおひとぐさ)
テーマ:境内

 

この語句は『古事記』の上巻に出ていて、その前後を記すと「・・・葦原中国(あしはらのなかつくに)に有らゆるうつしき青人草

の・・・」とあって、葦(あし)のはえ茂る地上の国にいるすべての現在生きている人民と口語訳がしてあります。

うつしは「現い・顕し」の意で、現に生きていると訳されています。

青人草とは草のことではなくて、人のことで人が生まれて増えるのを青草が生い茂るのにたとえた言葉です。

確かにこの時期はどこもかしこも土のある所は青草がどんどん茂ってきて、草との闘いの日々となります。

昔は草と同じように人も増えるばかりと決まっていましたが、現在は葦原中国の青人草の数は減ってきていて、増える要素は見つかりませ

ん。

本当に近いうちにこの国が葦原で覆い尽くされてしまうのではないかと生い茂る青草を見て心配しています。