石上神宮フォトログ 山の辺の杜から
2018.03.09
咲き初むる神庫椿(ほくらつばき)
テーマ:境内

 

拝殿の奥の禁足地には大正2年竣功の本殿とその左側には校倉造(あぜくらづくり)の神庫(ほくら)が建っています。

『日本書紀』垂仁天皇87年2月の条に石上神宮には「天神庫(あめのほくら)」というご神宝を収めた宝庫があって、天にも届くような高

い建物で、これの管理を任された大中姫(おおなかつひめ)が言うには、「私はか弱い女です。どうしてよくご神宝を収めた高い宝庫に登る

ことができましょうか」と言って、その役目を辞退されたことが記されています。

その建物はその後いく度か建替され、今のものは嘉永4年(1851)に建てられたものです。

この建物の廻りには椿が生えていて、古くから「神庫椿(ほくらつばき)」と呼ばれています。

ここ二、三日の春らしい気温の上昇とともに咲き初めてきており、時折の強風で振り落とされたりもしています。

一面の苔の上にやっと咲いた紅色の花が散っているのもことに風情のあるものです。

2018.03.06
下葉はね蕗の薹(ふきのとう)
テーマ:境内

今日は二十四節気の一つ、啓蟄(けいちつ)の日となります。

語源は蟄虫啓戸からで、地中に潜んでいた虫が戸を啓(ひら)いて、地上に出てくる意に由来しているそうな。

ちょうどグッドタイミングで昨日当地では稲光りあり、初雷(はつかみなり)が鳴り響いて、これを聞いた虫がきっと一斉に土の中から這い

出してきたに違いありません。

私も土の中ではありませんが、社務所から境内にはい出してみると、枯れ色一色の野にまさに萌黄色(もえぎいろ)が目に飛び込んできて、

よく見ると春の訪れを告げる待ちに待った蕗の薹ではありませんか。

これからいよいよ野山は順々にいろいろな春を演出してくれるので、日々心がはずむ時期となります。

こんな詩人の心を持ちながら、少々罪悪感を覚えますが、我が身も春の到来を更に身近に感じようと、心のはずんでいる間に天ぷらにして

春を頂戴してみようと思います。

やっぱり人間げんきんなものです。

2018.03.03
風光る
テーマ:境内

 

麗らかな春の日射しの中、肌に優しい風が吹きわたると、なんだかより一層ものが明るく見えてくるのは春の響きのせいでしょうか。

風に揺らぐ風物の景は、まさしく命を新らしく蘇らせて、生々の気満ちてきているの実感します。

春の光をのせて参道を静かに吹きぬける風には、青春の薫りさえも漂ってきたりもします。

境内の野山には春を待つふきのとうやタンポポや土筆も光る風を喜んでいるに違いありません。

一本の土筆に心はづむかな(山口誠子)

2018.02.27
ぽかぽか陽気
テーマ:境内

 

春らしいポカポカとした陽気が二日連続となり、境内のニワトリ君たちもすこぶる体調が良さそうです。

陽気のせいか、境内のあちこちに卵を産み落としています。

さすがに朝になれば、空腹状態と見えて餌をくれそうな、気のよさそうな人を見つけると、集団で寄って行きます。

慣れている人はニワトリの好む餌を持参されていて、慣れていないと集団で歓喜雀躍し、大股で(?)一直線に集まって来るので、少々楽し

い恐怖感を味わうことになります。

それでも暫くするとみんなでは行動しなくなって、個々にそれぞれの場所に移って行きます。所詮個体なのです。

日に日に少しずつ日の光が明るくなって、柔らかく降り注いできていることを鋭敏に感じ取っているのでしょうか、光の中で寛ぐ姿を見て

いると、如何にも春の景が発する駘蕩さを感じます。

2018.02.25
軒端の梅
テーマ:境内

 

左近の桜と右近の橘の桜は元は梅であったと言う。

『万葉集』に梅は約120首、明確に桜を詠んだとされるものは46首あり、当時は花と言えば梅で、平安時代以降に桜がとってかわる

。やはり時代によって人の嗜好も変わることがわかります。この『万葉集』の梅の歌の多くは大伴旅人邸での梅花の宴や大伴一族のものが

多く、大伴家にはきっと多くの梅が植えられていたものと思われます。

小子風邪で暫く心身ともに軟禁状態で、廻りの状況など構っている余裕なく打ち過ごし、やっと籠城をといて、この世界を具(つぶさ)に見

ていると、あちこち白い花やら紅い花やら目に見えて、美しい世界になっていました。

お隣りの軒端の梅も咲きはじめていて、いよいよこれからが楽しみです。

「春の夜は軒端の梅をもる月の光も薫る心地こそすれ」藤原俊成『千載和歌集』